選挙後もSNSは政治ネタが多い …… 政治をよく知らないとか、国論二分する政策とか、推し活選挙など

Yahoo!トレンドサーチの検索になる。上位に上がっていたものだ。


が上位に上がっているようだ。
政治に興味があることは良いのだが、このうち政治をよく知らないというのは、テレビ番組での話のようだが、それをコメンテーターなどが言ったなら大問題だろう。確かに、個人的に政治を知らないなら選挙など行くなという話をするのは、構わないが、公に新聞やテレビ、雑誌などの公共性のある場で、ある程度の発信力がある人がいう話じゃない。

日本は、民主国家として公民権を人民の力で勝ち取った歴史のある国であり、選挙に参加する自由も保障されているからだ。それは、一定の年齢以上なら性別(男女)の区別無く、職業、地位、名誉などの肩書きの区別もなく、人種・宗教・思想の区別もなく選挙に参加出来る権利があるというものである。

これは、とても民主主義にとって重要なことであり、崇高なことだった。日本では昔は男性だけの時代や、貴族または華族その他一定の所得がある人だけの時代もあったのだ。ジャーナリストやそれに関連する番組に出る人間が政治をよく知らない人が投票するというのを否定するのは、最低最悪である。


もっとも、政治を知らないけど、頼まれた相手に投票したとかが横行しているならそれは民主主義として問題ではあるが……その場で金銭が発生していないなら、選挙買収ではないが、自分にとってプラスになるかマイナスになるかも知らずに周りの勢いに流されて投票するなら、それは愚衆や汚職政治を生み出しやすいからだ。政治そのものが腐敗しはじめるということだ。

何故かというと、政治を監督するつもりがその人に無い中で、言われたらそこに入れるというのは、その政治家の本質を見るつもりがないことを意味しており、問題がある政治家、問題を起こした政治家でも組織の勢いで流されやすい人を取り込めば、返り咲けることを意味しているからだ。これは、はっきり言って腐敗を生む。だから、海外の記事などでは日本は世襲率が高いとか、1度当選すると再選率が高いといった記事を提起したりすることは結構ある。



ちなみに、国論を二分する政策については、選挙期間中内容について一切語られていないことだけは示されている。
ただ、そういう選挙中にそれを進めるという言葉だけはしている。即ち、内容は言っていないが、選挙で勝てば実施するということは示していた訳だから、自民党に投票した人の多くは、これを信任していることになる。私は、野党に投票して選挙区では落選、地方ブロックの比例区も落選しているので……これには文句も言えるが、自民に投票した人で、これは知らないと言っている人は、少なくとも二分することに着手することは断言していたことを知っているはずである。知らなかったとは言えないのだ。

あと、推し活選挙だけど……選挙が推し活になって良いか悪いかなんてのは、正直どうでも良い。そもそも、推し活になっている原因は、報道側が改選議席の現職議員の仕事ぶりの評価をしていないのがまず1つある。

分かり易く言おう前の選挙またはこれまでの選挙の公約発言に対して、今回の改選までにその公約を果たすべく活動しているかを報道は評価しないといけないが、それを日本は本当に報道機関がやらないのだ。だから、人々はまず現職で良いのか、元職が良いのか、新人が良いのかの判断がはっきりしない。

次に、確かに各政党の党首、総裁の公開討論や演説会は行われているが、各選挙区で候補者の公開討論会を行っているケースはほぼないだろう。大都市なら少しはあるかもしれないが、昔みたいに立ち会い演説とか公開討論を地方で、行うケースは無くなっている。その結果、人ではなく政党の人気で候補者を選ぶ人が激増しているのだ。そうして、今回も自民党で大量に誕生しているがチルドレンが生まれる。本来、当選するはずじゃないレベルの人が、比例名簿で当選するのだ。これらの人は、政策もかなり貧弱である。

この推し活選挙にしてしまっているのは、SNSなどの影響もあるだろうが、報道がしっかりと討論会などを地方でも行う努力をしなくなったからだ。地方局じゃ金がないなら、提携しているキー局が金を出してでも、47都道府県でやる努力でもして、それを地方民放だけではなくTVerでもニュースとして流せば、かなり違うだろう。


日本国民の殆どは、少なくとも中学校は卒業しているのだから、言葉も分かるし、社会の仕組みの多くも理解している。ただ、個々の人を判断する基準を報道が提供しなければ、芸能人を追っかけるのと同じ感覚で動くようになるのも当たり前なのだ。場合によっては、各政党支部が、そういう方向でキャンペーン打てばそうなってしまうだろう。そうさせない努力を報道がしなければいけない。

後は、SNS選挙というのも善し悪しがある。

若者の多くは、特に今の時代短い発信力に共感性を求める傾向が強い。しかし、政治は短い発信ではなく、議論(ディベート)の力があるかどうかである。それは、短文とは実は真逆の説得力と説明力、理解力を求めるものだ。ここが、一番今の時代において優れた政治家を選ぶ上では難しいところかも知れない。短文ではいくらでも、取り繕う事が出来るからだ。本来は、長い演説や議論の中からその人の本心や本質が見えるのである。
政治の場合は、その裏を見るのがもっとも難しいのだ。外れを選ぶと、国が傾くこともあるのだから……