阪神・淡路大震災から27年 …… 今では全国で世界で茶飯事の"地震"だけではなくなり……

ウェザーニュースの記事である。阪神淡路大震災から27年となり、地震の教訓を元にした身を守るための行動10原則が書かれている。
阪神淡路大震災は、メディアが発達する中で、早朝だったこともあり、火災による死者が多発した都市直下地震だった。炊事などで火を使っていた人も多かったことや、寝ていた人を直撃したのも救助などを遅らせたとされる。

地震の少ない西日本で起きた最悪の地震がこれだったわけだ。

当時を知らない人は当時のニュース映像が公開されている。(以下NHK)

以下Youtube ANNニュース。

当時西日本各地や関東まで揺れが伝わったこの地震、当時は震度2や3でも殆ど無かった西日本に住んでいた訳だが、そこまで震度3が到達し、既に起きていた家族に凄い揺れが関西で発生したことを聞いて驚いたのを覚えている。ただ、あれから27年の間に、震度4も震度5も、震度6も7も既に何度か西日本では起きており、私が住む自治体でも震度5クラスは何度かあった。それ以前の何十、下手すれば何百年よりその後の27年の方が地面は揺れているという現実。それは、これまでがあまりに落ち着いていたということかもしれない。

それにあぐらを搔いていたのが人類で、これからが本当の地球の営みだとしたら科学技術も人の考え方も、もっと自然というのは大きなものであることを理解する必要があるのだろう。

ちなみに、阪神淡路大震災は火災と都市直下型という2つの側面で、人々に強烈な教訓を刻み込んだ。木造住宅も、鉄筋住宅や商業ビルも耐震基準が大幅に上がることになり、防災教育の在り方も大きく変わった。高架道路も都市高速道路の倒壊によって、大きく見直された。

この後にも地震はいくつも起きているが、これを教訓に被害が徐々に減ることになったのは間違いない。

一方で、一昨日~昨日の気象庁も予想出来なかった大きな”波”(津波警報)のように、記録にも記憶にも未だない想像を超える驚異は増え続けている。Tongaの海底火山噴火(フンガ・トンガ/Hunga Tonga)は、その規模の詳細が未だ分かっていないが、海底火山(火山の山頂は海面下100~200mと推定される)であることや、噴出物が短時間に65km離れた場所まで到達していること、破裂音(爆発音)が800km以上離れたサモア諸島でも聞こえたという話が出ていることから、巨大なカルデラ噴火だったことが推定される。

これについては、別記事で書こうと思う。

巨大地震が一度起きれば、例え本震を生き残れたとしても、その先の生活が楽ではない。余震という脅威がある上に、多くの「もの」を失うからだ。それは家財や動産不動産などの資産や愛着ある道具かもしれないし、生活基盤となる職場かもしれない。付き合いがあった仲間や愛した人かもしれない。また、自分がその先に立てるとも限らない。その災害で命を失うことも有り得る。そういう多くの犠牲の先を生きるにも、亡くなるにも、すぐには立ち直れないだろう。

そういった不幸を可能な限り防ぐために、防災意識を持ち、少なくとも生き残るために家具の固定などを行い、災害時にはお互いが日頃よりもより一致団結し、協力して乗り越えていく姿勢が大事である。防災バッグを持っていることよりも、生き延びるための準備を先にすることこそが、地震対策なのだから。

噴火、竜巻、大雨洪水、大雪、地震、津波などなど災害が増えていくなかで、これは地震の話だがそれぞれに必要な対策があることを忘れてはいけない。



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