Dolby Atomsと、他のDolbyシリーズの違いは何か?

今回は久々に調べ上げた仕様の話で、Dolby(ドルビー)についてである。
誰もが、一度はどこかで見たことがあるDolbyロゴは、今や劇場に限らず、テレビやDVD/BDプレーヤーなどにも使われている。また、Windows PCも標準でサウンド機能にDolbyにソフトウェア対応できる機能(使うかどうかはサウンドドライバ次第)を内蔵している。今や、Dolbyは当たり前のオーディオ技術となった。

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最近はDolby Atoms対応のスマートフォンまで登場するなど、2000年代初頭にはあり得ないほど、今や安売りされるDolbyブランドだが、昭和の人が最も愛用していたのは、Dolby Noise Reduction(以下Dolby NR)だろう。最終的にHX PROまで登場したが、多くの人が使ったのは、A~Cぐらいまでだろう。

ちなみに、ノイズリダクションは、A、B、C、S、HX PROと世代があり、アナログテープ特有のヒスノイズ(音域に含まれるサーという音、無録音状態でも出る)を低減するためのアルゴリズムを見直し、帯域を広げた成果でもある。当初は劇場のフィルムテープのヒスノイズを減らすために考案され、それが民生品のコンパクトオーディオカセット録音機に応用されたものだった。


ここから分かるように、Dolbyは、オーディオ技術研究において昔から多くのライセンスを販売してきた訳だが、現在のAtomsのように、Dolbyがどの製品でもメーカーに提供するようになるとは予想もつかない時代であった。何せ、HX PROなんぞ、一部の高級オーディオにしか搭載されなかった上に、基本的にはハードウェア技術だったからだ。まあ、アナログ時代からすれば、デジタル時代になってもDolbyはせいぜいソフトウェアエンコードとデコードぐらいだろうと思っていた。

しかし、今ではDolbyが搭載された製品が山ほど出回るようになった。まさか、こんな製品までという携帯デバイスもにも使われるようになるとはあの頃は想像もしなかった。


<Dolbyは現在主に3つのビジネスを展開する>

現在、市場で使われるDolby Laboratoriesの技術は3つある。

・劇場用の技術、
・上記を応用した家庭用の本格オーディオやシアターシステムである。
・そして主にソフトウェアベースの簡易バーチャル技術である。

この3つが柱だが、最近広げているのは簡易製品のようだ。

まずは、展開の違いを書こう。

劇場の技術は、映画館やホール向けの技術である。後述するがDolby Stereoから続く製品群になる。機材は高価で出力も高い。

それの応用というのは、家庭用シアターオーディオシステムのことである。これは、詳しくは後述するが、上記と同じ専用ハード設計の思想を使う。しかし、上記の劇場と全く同じとは限らない。

一方で、バーチャル技術というのは実は、そもそもDolbyが目指している最高品質を保証するものではない。あくまで、CPUやDSP、サウンドチップが持つ能力の余剰を使って、ソフトウェアでDolbyぽい質感を再現するものである。一応Dolbyが監修しているアルゴリズムであり、Dolbyのロゴが付くが、いい音がするかどうかは気持ちの問題である場合も多い。

ちなみに、NR時代は民生用においても、後者は存在しなかった。これはアナログ時代故である。これが出来るようになったのは、パソコンでDVDが再生できるようになった頃からであり、本格的にDolbyがこの事業に参入したのは、Dolby Virtual認証を始めた頃からである。現在、こちらから得られるライセンス収入の方が儲けは大きいだろう。


こういう規格の違いがある中で、Dolby Atomsはちょっと変わった存在である。
何故なら、Dolby MobileやVirtualのような簡易バーチャルな部分と、Dolby Digitalの要素を併せ持っているからである。これまでのオーディオで唯一実は映画館、ホームシアター、携帯デバイスやIoTデバイスなど専用簡易ハードオーディオの3分野の全てを、一つの規格でカバー出来る技術にもなっている。(ただし、再生仕様は3領域で全て異なる)

今回はこの話を中心に書いていく。

<Dolby Atomsとは何者か?>

Dolby Atomsは、これまでの前後左右サラウンドという方位定位に加えて、上下方向からの音にも対応するということだけで、語られるケースが多い。確かに正しいのだが、実はAtomsにはもう一つ大事な役割があるようだ。それは、これまでに風呂敷を広げて広げて、仮想オーディオや、音声チャンネル、圧縮方式などを多様にしていたものを、この技術を作る上で、結果的に一つにまとめている面も与えていることだ。

端的に言えば、Atomsの認証でHome Theaterと同等以上、Mobile以上のアプリケーション層を提供できるという売り込みが出来るのだ。実際に、それだけの効果があるかというと、まあそれぞれの製品を聞いて見て、確認するしかないが・・・。

何故このような広範な仕組みが出来るのかというのも、音声規格で分かるだろう。

-Atomsオーディオ規格-

オーディオトラックの最大数は128(10トラック分はこれまでのストリームオーディオ)まで指定できる。要は、スピーカーの位置や設定に応じて118トラック分の異なるポジションの音をリアルタイムに演算し出力することが可能である。尚これは、実際に音を収録しているわけではない。

これまでは音としてチャンネルが分かれていたが、Atomsではメタデータ(一種のスクリプト言語)も扱えるようになっており、オブジェクト(音を出す物体)毎の位置情報を元に音を生成する事が出来る。いわゆるコンピュートオーディオ(端的に言えばゲームオーディオ)である。簡単に言えば、コンピュータゲームのようにリアルタイムに人が歩いて近寄る音などを、作り出すということだ。それが、最大118個分(同時発音数)あり、それに加えてこれまでのオーディオデータ対応が10トラック分まで存在する。

尚、システムセットアップ(音源が独立したスピーカーの配置)の仕様は、24(通常スピーカー24).1(ウーファー1).10(オーバーヘッド10)である。

ここまで読めば分かるだろうが、ゲームのようにソフトウェアで処理している部分があるのだ。実はだから、Virtualなどの簡易処理を組み込みやすいという特徴も出てくる。要はこれそのものに、最初から仮想サラウンドに必要な音の位置測定の技術が使われているわけだ。

一応基本仕様を書けば次のようになる。


音声ストリームの数:最大10トラック前後(5.1ch、またはEX 7.1ch相当)
メタレンダリングオーディオの数:最大118トラック前後
最大トラック数:最大128トラック
最大SPシステム構成配置:24.1.10

となる。

ここまでを読めば、下位のDolby Digitalなどにおけるバーチャルオーディオも再生できる理由が分かってくるだろう。何せ、チャンネル数の余裕もあり、メタデータにも対応する必要があるのだから、Atomsに対応するということは、他のサウンドは当然、リアルタイムで仮想サラウンドを作ることが出来る程度の性能がなければ、Atomsに対応することは不可能なのだ。

ただし、実はこれは劇場仕様であり、一般に家庭で再生するBlu-ray Discの要件ではない。
実はこの演算には相当なパフォーマンスと、スピーカー配置情報の正確な登録が必要になる。また、これらの処理にはある程度の帯域幅が必要となる。だから、家庭では実はこのままでは、使えないという、衝撃的?な事実がある。

家庭向けのパッケージコンテンツ(ゲームオーディオはそもそも最初から音源をレンダリングするのでその限りではない)は、これとは異なる仕様を使っている。
Meta Renderingで本来はリアルタイム処理するはずの、オーディオを、サブオーディオストリームで予め封入した仕様なのだ。何せ、主にBlu-ray Disc向けなのだから、使える帯域幅には上限(TrueHDで最大18.64Mbps)がある。だから、その中でやりくりするということで考え出されたのがこれだろう。

そこで、リアルタイムレンダリングをせず、その代わり、サブストリームと僅かなメタデータを加えている。サブストリームをメインストリームオーディオに結合する処理と、サブオーディオストリームに対する空間符号のデコードはハードウェアで行われる。
即ち、どんなに頑張っても、家庭では劇場と全く同じまでには至らないと思われる

尚、スピーカーの対応数が市販では7.1.4(または9.1.2)辺りが今は上限のようだが、これは家庭向けの上限だからという理由はない。まあ、需要予測的にないから(普通の家庭では7.1chでも結構大変)出ていないのか?または、最初から出すより・・・・という販売戦略なのかはしらない。


そして、簡易版はこれらのオーディオをソフトウェア処理で、デコードできる能力を最初から持っている。サウンドチップに、Atoms用に設計したオーディオソフトウェアを入れることで、再生をサポート出来る訳だ。そのとき、先に述べたように空間符号デコードのアルゴリズムを応用して、オーディオストリームまで仮想化ですることも可能な製品を作ることが容易になる。それが、Atomsが携帯デバイスでも対応できると豪語できる理由である。

ただ、だからAtoms認証を得たら、スマホでも携帯でも音が良くなるかというと、そういうものとは限らない。
あくまで、Atoms自体はデコード(再生)認証であり、そのほかの効果は副次的である。Dolbyオーディオデコーダー(Atoms以前に登場したDolby関連オーディオは全てデコードできる程度の性能)としての性能が高いことは証明される。


では、他のDolbyオーディオとは何か?ここからは、簡単にそれについても書いていく。

<Dolby Stereo製品群/アナログ>

Dolby Stereoは、ノイズリダクション(Dolby NR)とサラウンド(段階的にチャンネル数は強化された。Stereo/Surround)を加えたオーディオ技術というのが妥当だろう。基本的には、アナログサラウンドオーディオであり、この技術を家庭オーディオ機器やテレビなどに取り入れる目的として使われたものが、Dolby SurroundとPrologic、Dolby NRシリーズである。これらは、専用のデコーダーがなくても、ステレオ機器で再生できるオーディオ互換性を持っているのが特徴である。

近年のPrologic IIおよびIIzにはDolby Virtualが持っていた技術を応用し、ステレオ音声など、下位のチャンネル数の音源から、音声周波数や音圧成分からより高いサラウンド拡張する要素を組み込んだ技術も生まれている。デジタル製品でもPrologicが残っているのは、これがあるからと言える。

<Dolby Digital製品群>

Dolby Digitalは、 元々はDolby Stereo Digitalとして開発されたものだ。文字からも分かるようにStereoのDigital版という意味になる。実はDolby Atomも基本的にはDolby Digitalの延長線上にあると言え、Dolby Digitalの中に世代や目的毎の仕様差がいくつかある。

最初に生まれたのは、2.0/5.1chのDolby Digital(ドルビーデジタル)で、640Kbps(DVDは448Kbps)までのデータ容量で、5.1chの20Hz-20KHzまでの音を収録出来る。当時としてはものすごい優秀な音声圧縮技術だった。

ちなみに、同じ技術をベースにした拡張は、6.1ch/7.1ch対応のEXと、Lucasfilm(ルーカスフィルム)における環境認証THX対応のSurround EXという派生がある。

ここまでに使われる符号化(圧縮方法)はAC-3であり、相互互換性を維持している。

その後、HD DVDやBlu-ray Discが登場する際に音質を今で言うハイレゾ並に強化したのが、Dolby Digital Plus(DD+/DD Plus)である。これは、Enhanced AC-3と呼ばれる。ビットレートがBDでは4Mbpsクラスまで上がっている。

上記までは非可逆(不可逆)圧縮の音であるため、圧縮の際に音の成分から一部が除去される。だったら、ついでに録音した元の音を維持して再生できるものも作ろうということで、DD+と同時期に生まれたのがDolby TrueHDである。MLP(Meridian Lossless Packing)という圧縮方式を使っている。
BDでは音声だけで、最大ビットレートが18.64Mbpsという日本の地上デジタル放送(本編、データ、音声)よりリッチな帯域幅まで対応する。

ちなみに、Atomsは先に述べたとおりである。

そして、現在次世代規格テレビ機器向けの規格として存在するのが、Dolby AC-4である。
これは、Atomsが搭載したオーディオオブジェクト(最大7)と5.1chオーディオに現状では対応しているようだ。また、仕様拡張の定義があり、将来的に既存のAC-4デコーダで再生互換を維持しつつ、新たな機能を追加出来るという面白仕様がある。ちなみに、ビットレートはテレビの帯域幅に合わせており、日本のテレビ放送に使われているAACのビットレートと大差ない帯域幅で、これらを実現できるのが特徴。要は、圧縮率を上げて帯域を狭く抑えたAtomsぽいオーディオ圧縮技術である。


Dolby Digital Live!は少し異色だ。PCサウンドチップの機能として最初は登場した。ステレオ音声などからリアルタイムで5.1ch音声を生成したり、Dolbyベースではないゲームオブジェクトのオーディオ音声をDolby Digital 5.1chにするなど、まるでAtomsやPrologic IIzが持つような技術の基礎がここから生まれた。

ここまでの製品は、ソフトにしてもハードにしても、それを再生・録音するために基本仕様(エンコードデコードの仕様、ロゴライセンスに基づくデコード/エンコード再生条件)を満たす必要がある。これらには、音質に関する規定は特にない、あくまでデコーダー(符号化されたデータから、音を取り出す)またはエンコーダー(音データを、圧縮する)規格であり、当初はそれ用のハードウェアが必要であった。近年は、プロセッサやDSPが高性能化したことで、ソフトウェアベースでも処理出来るようになった。


<Dolby Virtual/組み込み製品群>

2000年代に入って、Dolbyが本格的に力を入れたのがこれである。2本のスピーカーで5.1ch相当の音を再現したり、低音や高音が弱い小さなスピーカーで、それらをバランスよく再現する、バーチャル製品である。これを応用した用途特定の組み込み認証も、同じようなものだ。

このバーチャル市場は、主にPCから始まった市場であり、専用のハード仕様認証を必要とする訳では無い。汎用ハードウェアで、Dolbyが提供するソフトウェアを搭載するだけという手軽さで、それっぽい音を再現する技術である。これが、使える音源も決まっているわけではない。簡単に言えば、イコライザーのような役割と思えばよい。

一度書いているが、
Dolby Virtual Speader(ソフトウェア)
Dolby Headphone(ソフトウェア)
Dolby Home Theater(PCサウンドチップ/ソフトウェアドライバ)
Dolby Mobile(携帯電話スマホのDSP、ソフトウェア処理)
等がある。
いずれも目的別でHRTFを用い認証を得られる程度にソフトウェアでパラメーターが調整され最適化され、ある程度一定の音になるように調整されている。デコード出来るドルビーデジタルオーディオの種類は、製品によって異なる。(初代のDolby Digitalのデコードには対応していることが多いはず)


<その他>

-Dolby Audio-
認証の一つ。Dolby Digital Plus/Digital/True HDのデコードエンコードが出来る機材またはソフトウェア環境。
オプションとしてPrologic IIzや
Dolby Volume(テレビのチャンネル変更やCM切替などで音圧が変わったときに自動的に音圧を調整する機能)
も含むことが出来る。PCで言えばMicrosoftEdgeはDolby Audioをサポートしている。

-Dolby 3D-
主に劇場において、Stereoscopic 3D(飛び出す映像)を上映するためのメガネや受像器の技術である。

-Dolby Vision-
テレビ・映画向けに明暗の差をよりしっかり再現するための、受像器向け映像処理技術である。
要は、HDR(ハイダイナミックレンジ)対応の映像を、綺麗に映す技術。

-Dolby Cinema-
ドルビーが監修した映画館。


このほかにも録音スタジオ認証や、システム管理認証などがある。


<Dolby Atomsは、フル構成が難しい>

ちなみに、Dolby Atomsを家庭で構築する場合に、定位感を安定させるのが容易ではないという話は結構聞かれる。その理由は、上下の音像が増え、スピーカー数が増えることで、スイートスポット(最適な視聴位置)が相対的に狭くなるからである。

5.1ch~9.2chの場合は、左右の位置さえ合わせれば十分な音が出ていた。しかも、音像にはある程度のゆとりがあり、レンダリング処理などされていなかった。しかし、Atomsでは音を反射させて下に落とすといった手法が使われ、上下方向の立体感も再現されている。その結果、左右上下のスイートスポットが相対的に狭くなっているのだ。

また、反響を使うため、実は家庭では上に照明器具など材質が異なるものがあると、音が崩れることがあるようだ。
そこが、実はAtomsの弱点でもある。

まあ、それに気が付く人は既に5.1chや7.1chなどのオーディオを入れていて、それを7.1.2などにアップグレードした場合だろう。そういう場合に違和感を感じるときには、そういう要素があり、オーバーヘッドスピーカーの設置等を見直さないと、改善しないかも知れない。また、マイク自動調整を使う場合は、三脚などを使って高さ方向の調整も必ず行うことだろう。これをやらないと、音像がずれることも増えるかもしれない。


-Dolby ATOMSの性格-

DTS:Xもそうだが、Dolby ATOMSというオーディオは、この手の立体音響技術としては最後の進化かなという印象を持つ。Dolby Digitalのようなラインで言えば、AC-4とAtomsが新しい枠となると見るのが妥当だろう。ただ、この手の音響は、ある意味家庭では、既にオーバースペックで、家を専用設計しないと、広いスイートスポットを持った状態で、忠実性を再現するのは困難になりつつある。そのため、対応製品が続々出る割に、市場での購買層はニッチになっているのも、Atomsに普及における難しさだろう。

まあ、Atomsデコード対応の製品がスマホにも出るのは、それを埋めるための策なのかもしれない。

ただ、それによって、Dolby Atomsが何故か、評価なしに良い物として見られているのも、ちょっと気になるところである。Atoms対応のスマートフォン、OSとかそういう話が出たときに、日本ではそれが凄いことと安易に書かれているのは、ちょっと安易な商業に寄りすぎだと思うのだ。今回これを調べて思ったのは、Atomsは、今のことろは(2017年3月現在)劇場でこそ真の価値を発揮するということだ。

これを、悪いとは言わないが、日本では昔はこういう記事が多かった気がするが、最近はこういう記事はほぼなくなってしまった。本当は、こういう点こそしっかり伝えることが大事だろう。なんとなくロゴがあって良い印象の技術より、実際に最高の環境で実感するように仕向けることの方が、実は良いものとの違いを伝えるには重要なのである。




この記事へのコメント

通りすがり
2018年03月02日 15:51
Atmosな。

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